LOGINツイっと右に移動したイアンの視線を辿ると、花が咲いていない苗が大量に並んでいた。
「あれは全部ジャスミン?」
「そうだよ。今から植えたら俺達の結婚式までには全部咲いていると思って。ここへ二人で住む頃には色とりどりなジャスミンが咲いているはずだ」(あれを一人で植えようとしていたの? どうして?)
「オリヴィアが大好きだからだよ」
オリヴィアの問いは心の中で言ったつもりなのに声に出ていたみたいだった。
(どうして、イアンは私なんか好きになったのかしら……取り柄なんてないのに。帝国で穀潰しと罵られた日々を過ごしていたのに)『君を帝国の兵士から助け出した時、一目惚れしたんだ』
イアンはそう言っていた。
『髪の色と、夕焼けのような瞳も好きだ』
(目が腐っているんじゃないかしら……?)
オリヴィアは母親が褒めてくれた髪と瞳の色を幼少時は大好
自分の顔を両手で挟んでオリヴィアは叫び声を上げた。 鏡に映るオリヴィアは六歳の頃のオリヴィアだった。あんぐりと口をあけたまま、夢かと思って自分のお腹を抓ってみたが……痛い。と言ってもさっき顔を強打した時に夢ではないと立証済みである。 「うぇぇえぇぇぇぇぇぇぇ???」 (好きな人と一つになったら、若返るって効果があるの?) 「こんな姿でイアンにキスしたら、イアンが捕まっちゃうわね……」 「──奥様」と扉をコンコンと叩く音でオリヴィアはピョンと跳ね上がった。慌てて寝台へ戻り、シーツへ潜る。 「叫び声が聞こえましたが、どうされました?」 「エレン……だ、大丈夫、ベッドから寝ぼけて落ちたの!」 メイドのエレンだ。心配そうな声音で扉の前に彼女は立っていた。 「ケガはされていませんか? 救急箱をお持ちしましょうか?」 「だ、大丈夫よ! 痛くないから……!」 と言えばエレンは「しかし……そんな叫び声ではありませんでした」と食い下がらない。 「あ、あ、あの、お腹がちょっとだけ、痛くて」 「ではお腹を温める物をお持ちしましょう」 まずい。 この姿を見られたら、誰か分からずに追い出されてしまう。 「そ、その、痛いって言うのは、病気じゃなくて、その、イアンと、昨夜、あれを、したからなの! あれっていうのは、交わりね!!」 他人に言うとなると恥ずかしく、全身カァーと赤くなってしまう。 「奥様のお身体を考えず激しめにされたんですね?」 信じられない、と軽蔑の声が上がってオリヴィアは心中でイアンに謝罪した。昨夜の彼はとても優しかった。誤解を解こうと口を開いたものの、それを告げるには少々ばかり遅かったようである。 「あんなデカい身体で向かってこられたら、お腹痛いで済む筈ありませんわ。そんな奥様を一人放って置いてお勤めに出て行かれるなんて夫失格です。身を清めるお風呂の準備と医者の手配を致します」 「医者!?」 (大袈裟じゃない!?) ドアの前を去ろうとするエレンをオリヴィアは呼び止めた。この姿でみんなの前に
※ 「うん……」 オリヴィアは目を擦りながら、重たい瞼を持ち上げて目を覚ました。カーテンから漏れる光は明るみがあって、陽が差し始めたようだ。 キョロキョロと見回すとイアンの姿がない。いつもなら隣で寝ているのに。居た筈の場所に触れると冷たくなっていてオリヴィアは寂しそうに俯いた。 「初めてしたあとに居なくなるなんて、ひどいわ」 拗ねたようにプゥと頬を膨らませる。しかし、ベッド端に置かれたワゴンの上のケーキ皿が空になっていて、オリヴィアは目を輝かせた。 「食べてくれたんだわ……」 ベッドから起き上がることはせず、腹ばいでワゴンへ近付く。きっとアンが居たら行儀が悪いって注意されるだろうけど、今はアンは居ないからいくらしたって怒られない。 ケーキ皿を覗くとメモに気付いて、オリヴィアは手に取った。 『おはよう。 ヴィーにたくさんキスをしたいから予定より早めに切り上げる為に少し早いが仕事へ出かける。 今日も愛してるよ。 イアンより』 「フフッ」と顔を綻ばせ、オリヴィアは転がりながらベッドの中央に戻る。起きる時間にしてはいつもより早いが、眠気はもう残っていない。それでも起き上がるのが面倒なオリヴィアはゴロゴロとベッドに転がったまま、イアンが帰宅したら彼に飛び付いて、私からキスをしようと計画を立てた。きっと驚くはず。 その表情を思い浮かべてニヤニヤする。 それから、うーんと寝転んだまま背伸びをした。 (とっても、身体が軽いわ) 腰も痛くない。 飛べそうなくらい身体が軽い。 (イアンと気持ちが通じ合って、心が軽くなったからね) それが、身体に直結しているのね、と結論付けた。 「喉の調子も良い」 すっきりしている。いつもより声が高いような気もする。 「好きな人と繋がるって、身体に変化をもたらすのね……」 夜の情事を思い出して、赤くなる。イアンの声は低いとは知っていたけど、耳元で聞くと、その低音があんなに響くなんて知らなかった……。
そう言って、苦笑を浮かべるジュレック。 「奥様もやっと自分のお気持ちに気付かれたのでしょう。旦那様も奥様へ一線引く事をお止めになったようで、ようございました」 「俺は、そう見えていたか?」 オリヴィアに一線引いているように彼らから見えていたのか、と面食らうとターニャとジュレックは「見え見えですよ」と声を揃えた。 「キレイ、美しい、女神、好き、愛している、と言っておきながら奥様に触れようとなさらないじゃないですか。いつも奥様から手を繋いでこられるでしょう?」 「そんな奥様の腰を引き寄せようか、どうしようか迷った挙句に腕を宙ぶらりんにしていたり」 「食事中、奥様が食べている所をじっと見つめ」 「食べ終わって会話をなさると、聞いてはいるものの、奥様を見ていない振りをして」 「奥様が」 「もういい、分かった、分かったから」 ターニャとジュレックが、イアンの駄目な所を延々と喋るところを右手を上げて制した。ピタリと二人は口を閉ざす。 コホン、とイアンは咳払いをした。 「ずっと、不甲斐ない所をみてきた、って事だな」 「そうですわね。邸で働く使用人達はそのもどかしさにやきもきしておりましたよ──クロールとアンは省きます」 「全員!?」 「「はい」」 「全員か、そうか……」と呟いてイアンは再度気を取り直して咳払いをした。まさか、使用人全員が自分とオリヴィアの仲を「もどかしい」と思って観察していたなんて思いもしなかった。 「その……オリヴィアは、本当に最初から俺に惚れていたか?」 イアンは拳を口元に当てたままボソボソと小声で呟く。オリヴィアは閨で「出会った時から」と言っていた。他人の口からも聞いて、安心したいとイアンは思ったのだ。初恋を拗らせた男はオリヴィアからだけでなく他人からも聞いておきたかった。安心という「保険」である。 「それは奥様に聞いた方がよろしいですよ」とジュレックが言うのをイアンは「そこをなんとか!」と遮った。 「他人の口からも聞いて安心したい!」 彼はこの国の英雄だった筈だ。 そんな男がオリヴ
外は薄明で、起きるにはまだ早い時間帯だ。 窓の外をチラッと見れば、カーテンからぼんやりとした光が差していた。イアンはスースーと静かな寝息の彼女に肩までシーツをかけてあげる。んっ……と短い声を上げたが、目が覚める様子はなかった。 意識を失うように眠りに入ったオリヴィアの身を綺麗にしたのはイアンだ。アンを呼べば結果どうなるか分かるし……きっと、暴れるか離婚届を突き出すだろう。今日邸に泊まっているターニャかアン以外のメイドを呼ぶ事は出来たが、彼女の肌を誰にも触らせたくなかった男は自分の手でお互いの汗と液で汚れたベッドとオリヴィアの身を綺麗に整えた。オリヴィアの身体を綺麗に拭く際に、蜜口からトロリと自分が放った精液が洩れてきてムラっとしたが、イアンは堪えた。 「俺は出来る子、良い子。俺は出来る子。良い子。俺は出来る子、良い子……」 と、呪文のように繰り返して、己の子種が洩れないように指で奥へ押し込んだ。 どうにか堪えた後に、基本一人でこなせるイアンは自身の身も自分で綺麗にして、オリヴィアの横でいつものように、彼女を抱き締めて眠りに付いたのだった。 オリヴィアを起こさないようにベッドから降りて、私室を出る前に静かに寝息を立てるオリヴィアのこめかみにキスを落とした。 「いってくる。──今日も愛してるよ」 結婚記念日前日は早めに仕事を切り上げて邸へ帰る予定だった。それをもう少し早めに切り上げようとイアンは考えた結果、出勤時間前に職場へ着き仕事を終わらせる事にした。オリヴィアと過ごす時間を少しでも長くする為に。 毎日、目覚めた彼女へ愛の告白をするものの、起こすのが忍びなくて、彼女の耳へそっと愛の言葉を囁く。 こめかみへのキスにしては長い時間キスをして、名残惜しそうに唇を離す。乱れた横髪を指でそっと整えて耳の裏にかけてあげた。 それから、昨日オリヴィアがイアンの為に用意してくれたショートケーキを彼は口にした。時間が経っているからスポンジが乾燥をしてしまっているかと思ったが、流石うちのシェフが作ったもので、スポンジはしっとりしたままでホイップは滑らかな味だった。熟れた苺も甘酸っぱく、外に置いていたにしては素
「あ」と閃いたようでイアンは声を上げる。不思議そうにオリヴィアは首を傾げた。 「せっかくだ。早朝一緒に出掛けよう」 「二人でジョギング?」 「散歩をしよう」 「行くわ!」 キラキラした目で見つめられて「フッ」とイアンは微笑んだ。二人で黒い仔犬を受け取りに行けば良い。そこでオリヴィアへプレゼントをして喜ぶ顔を見れば良いんだ──オリヴィアから早朝告白されて、その場で押し倒さないという自信は揺らいではいるが……何年も待ったんだ。我慢できないわけがない。 「イアン」 目の前のオリヴィアに名前を呼ばれる。 返事の代わりに鼻同士をくっ付けると、穏やかに目を細めてオリヴィアは笑った。 「結婚4年目って、花婚式っていう名前なんですって」 「花婚式?」 「お花が咲き、実がなりますように、ってお祝いするの。お花なんて、私たちにぴったしなお祝いじゃない?」 邸内には常に花が飾られていて、グゥイン公爵家の庭園は色とりどりの花が年中咲き誇っている。結婚記念日に大量のジャスミンの白い花が邸内を占領し、常に花の香りがあった。 フフッと幸福そうに笑う彼女が六歳の頃に出会った少女と重なって、イアンも目を細め、愛しくてたまらない、というようにオリヴィアを瞳に映した。この数年間で、オリヴィアがあの頃と変わらない笑顔を取り戻せた事が何よりも嬉しい。 「……ねぇ、イ、イアン……」 微笑んでいたオリヴィアが急に耳まで真っ赤になって、しどろもどろになった。そんな姿に「どうした?」と心配して声を掛けると――。 「お、お腹に、その……」 「お腹痛いか?」 「ち、違うの。その……」 「あ、当たってるの……」とカァと赤くなって腕の中で俯いたオリヴィアをキョトンとして見下ろした。 彼女の腹に何か当たっている……あぁ〜〜〜〜ナニが……。 幸福で下半身が硬くなることをイアンは初めて知った。 「す……まない、その……」 謝って、自分でどうにかするから、と言うつもりだった。しかし、 「あ、あといっかい……する……?
「すまない……」 申し訳なさそうに謝罪され、オリヴィアはクルリと回転した。金色の目が驚きに見開かれるのを見て、イタズラ心がムクムクと起き上がってしまう。「えいっ」 自分より鼻が高い男の鼻にがぶっと噛み付いた。突然の事で避けきれなかったイアンはニシシっと笑うオリヴィアを唖然と見つめる。「これでおあいこね」 オリヴィアはギュッとイアンを抱き締める。やっぱり、クマのぬいぐるみを抱きしめているようで「フフッ」と笑った。「……あまり、可愛いことをされると……」「困る?」 ガブっと顎に噛み付くとイアンはリンゴのように顔が赤くなった。「もうイタズラしないわ」 と不満そうに唇を尖らせたオリヴィアを見て取り敢えずホッと胸を撫で下ろす。それから可愛らしく尖った唇へイアンはチュッと唇を当てた。フフッ、と笑うオリヴィアが可愛くて、イアンも彼女をギュッと抱き締めた。 自分が思った以上に細いオリヴィアをこれから、もっと太らせないと……と使命感が湧く。(胸の大きさに反して腰が細い気が……)「本を読ませてね」 唐突に言われイアンは片眉を上げた。「本に書いてあるんでしょ? ここを触ったらいいとか、こうするとか。私も読んで勉強したい」 ギュッギュッと抱き締められて、澄んだ目で言われた。あまりにも澄み切っていたから「ダメ」という言葉を飲み込んでしまって頷いてしまう。おまけにニパッ、と笑われて駄目だと言えなくなってしまった。「読んだのは子供の時以来だから……勉強になるかな……」 アハハ、と笑って取り敢えずは誤魔化した。「結婚記念日の朝、私の告白を楽しみにしていてね」 腕の中のオリヴィアはそう言ってイアンの胸に頬擦りをした。甘える仕草に悶えて、下半身が再び主張し出すのを頬の裏をガリッと噛んで、痛みで抑える。&helli